東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9199号 判決 1980年2月29日
主文
1 被告は原告に対し、金二六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金五九四万四三六〇円及びこれに対する昭和五三年一二月二一日から年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生(以下、本件交通事故という。)
(一) 日時 昭和四九年六月五日午後三時ころ
(二) 場所 訴外旭硝子株式会社千葉工場構内(千葉県市原市五井海岸一〇所在)
(三) 加害車 小型ライトバン(千五五も八三〇九)
右運転者 訴外 松島鷹男
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告運転の自動車(小型貨物車。以下、被害車という。)が駐停車中に加害車が被害車の存在を確認しないままその後方から不注意に後退してきて、被害車後部に追突した。
(六) 負傷 原告は本件交通事故により頭頸部外傷(むち打ち)、外傷性腰痛、眼精疲労の傷害を受け、昭和五〇年一一月三〇日まで約一年六ケ月もの長期にわたる通院治療を行つたが、尚全治には至らなかつたものである。
2 責任原因
被告は加害車を所有し、自社の営業のため使用していたので、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任を負う。
3 損害
(一) 休業損害 金七〇万円
(1) 原告は、本件交通事故による負傷により、昭和四九年六月六日から同月一一日まで合計五日間こそ何とか体の無理をおして出社したものの、却つて症状は悪化し同月一二日以降は全く仕事をすることが出来ない状態になつてしまつた。そのため原告は、同月一二日以降若干負傷状態が良くなり同年一〇月八日軽作業業務の仕事につくまで約四ケ月の間全く無収入となつた。
原告は、本件交通事故当時勤務していた東洋エコーサービス株式会社で日給金七〇〇〇円(基本給金六〇〇〇円、手当金一〇〇〇円)の支払を受けていたので、原告の休業損害を算定するについては、これを算定の基準とし、原告の月額休業損害は金一七万五〇〇〇円(二五日出勤として計算)と考えるべきである。
(2) 仮に然らずとしても、原告は右事故当時四一歳であつたから事故当時の収入と併せ考えれば、昭和四九年度賃金センサスの「男子労働者(学歴計)四〇~四四歳」の月額現金給与額の額金一五万九五〇〇円は少くとも毎月休業損害が発生したものと考えるべきである。
(二) 労働能力の一部喪失による損害 金三〇〇万円
(1) 原告は従前自動車配送運転業務に従事し月額金一七万五〇〇〇円の収入を得ていたが、原告は前記負傷により再就職をするに際しても自動車運転業務を行うことは体調上(むち打ち及び眼精疲労)不可能となり軽作業業務を行うことがやつとの状態であつた。昭和四九年一〇月八日、原告は再就職して以来次のような仕事をしてきたが、その日給は非熟練の軽労働に過ぎないものであることから日給金三〇〇〇円に満たず、更に診療所への通院の日などは休む必要もあつたので一ケ月の月収は金七万五〇〇〇円(一日当り金三〇〇〇円×二五日間)にも満たなかつた。
記
イ 昭和四九年一〇月八日から訴外都山興業勤務(ガラス製品の箱ずめ作業)
ロ 昭和五〇年六月から訴外三栄商事株式会社勤務(段ボールケース製造の軽作業)
ハ 昭和五一年一一月から訴外大栄勤務(本の分類発送の軽作業)
本件事故がなければ原告は自動車運転業務に従事し、毎月一七万五〇〇〇円の給与を得ることができていた筈であるから、金一七万五〇〇〇円と右金七万五〇〇〇円の減収差額金一〇万円の損害を毎月被つていたものであり、従つて、原告は少くとも昭和四九年一〇月八日から同五二年四月七日までの収入減合計金三〇〇万円の損害を受けた。
(2) 仮に然らずとしても、原告が訴外都山興業、同三栄商事、同大栄などで軽作業のみを行い廉価な収入しか得られなかつたのは全て本件交通事故による負傷の結果であることが明らかであり、右の現実の収入額と前記「男子労働者(学歴計)四〇~四四歳」の月額給与額金一五万九〇〇〇円との差額(毎月金八万四九〇〇円、二年半で合計金二五四万七〇〇〇円)は一切被告が負担すべきである。
(三) 慰藉料
原告は、本件事故で一年六ケ月もの間訴外中島病院及び訴外かとうクリニツクに通院(訴外中島病院での実治療日数三二日、訴外かとうクリニツクでの実治療日数一〇六日)したが、原告の頭頸部外傷、外傷性腰痛、眼精疲労などは本件事故後二年半以上もの長期に亘つて存在した。原告のこれによる精神的損害は多大であり、金一七六万円を下ることはない。
(四) 諸経費 金二〇万円
(1) 通院交通費 金一万八六八〇円
中島病院まで往復金一二〇円、かとうクリニツクまでの往復金一四〇円として計算
120×32+140×106=18,680
(2) その他 金一八万一三二〇円
(五) 治療費 金二八万四三六〇円
原告は、前記負傷に関する治療費として金二八万四三六〇円を訴外かとうクリニツクに対して支払つた。
(六) 損害の填補 金二〇万円
原告は、被告から損害賠償として金二〇万円を受領している。
(七) 弁護士費用 金二〇万円
(八) 合計 金五九四万四三六〇円
4 結論
よつて、原告は被告に対し本件不法行為に基づく損害賠償金金五九四万四三六〇円及びこれに対する本件不法行為日の後である昭和五三年一二月二一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項のうち、(一)ないし(五)の各事実は認め、(六)の事実は知らない。
2 同第2項の事実は認める。
3 同第3項の事実は総て争う。但し、同項(六)の事実は認める。
原告は、昭和四九年六月一〇日から同七月一六日まで訴外中島病院に通院して同七月一六日軽快中止の診断をされ、その後、同七月二五日訴外北里病院でも異常なしの診断を受けている。ところが被告は、原告が右以後もかとうクリニツクで長期間にわたり治療を受けていたことを本件争訟(民事調停)に至り始めて知つたものであるが、再発等の事情もない本件においては、原告の同院での治療の必要性並びに相当性、さらに本件事故との因果関係の存在は疑問である。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第1項(事故の発生)、(一)日時、(二)場所、(三)加害車、右運転者、(四)被害者、(五)態様の各事実は当事者間に争いがない。
二 同第2項(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。
三 成立に争いのない甲第一ないし第六号証、同第一四号証の一ないし五、同第一五号証、同乙第一、第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証及び原告本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
原告は、昭和四九年六月五日、本件交通事故の当時、前記事故現場において被害車を停車させていたところ、後方から後退中の加害車に追突されたものであるが、追突された瞬間には大事に至ることもないと考え、特段の症状も存しなかつたけれども、一時間ほど後に軽い吐き気、顔面の触痛感が生じ、通常に出勤した翌日には眩暈、項部痛、その後、左上肢の痺れ、左肩の筋痛が現れたことから自動車運転及び配送の業務に耐えられなくなつた。昭和四九年六月一〇日に至り原告は、訴外中島病院に赴き、眩暈、項部、左肩及び腰部の疼痛と左上肢の痺れ感を訴えたところ、対光反応やや鈍く、腱反射が減弱及び頸椎運動に制限はないが項筋、左肩、背部及び左腰筋の硬縮と圧痛があると認められ、「頸椎部、左肩、背筋群捻挫、腰部捻挫」と診断され、以後、同七月一六日までの三七日間通院し(実通院日数は三二日)、投薬、注射などの治療を受けた結果、漸次その症状は軽快し、同七月一五日には頸椎部にほとんど所見なく、左腰部に軽度の触痛と圧痛を残すだけとなり、同月一六日通院しその後は通院しなかつたので軽快中止の判定を受けた。
そして、原告は、昭和四九年七月二五日、訴外北里病院において被告会社の職員に付添われて、本件交通事故に基づく症状を検査されたが、異常なしの診断を受けた。
ところが原告は、さらに昭和四九年八月二日から同五〇年一一月三〇日までの間に、訴外かとうクリニツクにおいて「<1>頭頸部外傷(いわゆる「むち打ち外傷」)、<2>外傷性腰痛」の病名のもとに投薬、湿布、マツサージの通院加療を受けた(通院期間四八六日、うち実通院日数一〇六日)のであるが、右訴外クリニツクにおいて初診時には「頭痛、頸痛、眼精疲労、腰痛等あり、レ線検査では骨折等(一)」ということで他覚的所見はなかつたけれども中等度、定型的なむち打ち外傷及び外傷性腰痛であると認められた。昭和五〇年一一月三〇日に至るも原告の頭痛及び頸痛は取れず全治の状態とは診断されなかつたけれども、原告側の治療費支払問題などのために同訴外クリニツクは原告に対する治療を中止した。
以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は前掲各証拠及び弁論の全趣旨に比照してにわかに採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。
しかるとき、原告の症状は昭和四九年七月ころ治癒していたのか否か、が問題となるが、右認定のように同月一六日及び二五日の二回にわたり訴外中島病院及び同北里病院において軽快中止並びに異常なしの判断がなされていることから、原告は遅くとも七月二五日には本件交通事故に基づく傷害による症状は治癒していたと認めることが相当であり、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は、同人の病状及び治療効果に関する供述が終始具体性を欠き曖昧であること、その供述に不自然不合理な点が少なくないこと及び原告は尋問事項の一部につき正当な理由なしに供述を拒絶したことを勘案考慮するとき直ちに採用しうる限りになく、甲第一ないし第四号証及び同第六号証は右認定に反するかにみえるが、いずれも治癒以後の事柄であり、加えてその性質上、原告の主訴に基づくものであるから必ずしも右認定を左右するに足る証拠とはいえず、他に右認定に反する証拠はない。また他に原告の昭和四九年八月以降の病状及び治療と本件交通事故との因果関係を認めるに足る証拠はない。
四1 前記認定の事実と原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は昭和四九年五月二一日から訴外東京エコーサービス株式会社にアルバイトとして勤務し、自動車運転及び配送の業務に従事していたが、本件交通事故日の後も同六月一一日まで頸椎部、左肩、腰部の痛みを押して就業していたけれども、同月一二日以降は稼働できなかつたために就業することなく、以後そのまま同訴外会社を退社した形になり、同四九年一〇月八日、訴外都山興業に勤務(軽作業)するまでは未就業であつたこと、右訴外東京エコーサービス株式会社における原告のアルバイトは二二日間にわたり内一九日出社し(六月一一日は半日)、日給として金七〇〇〇円を下廻らない金員を得ていたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
以上認定の事実及び前項認定の事実を総合すれば、原告は本件交通事故による傷害のため六月一二日から七月一六日までの三五日間は全日、同月一七日から二五日までの九日間は半日にわたり事故前のような稼働ができなかつたものと認められ、特段の事情もない本件においては右期間に原告は事故前の日給金七〇〇〇円相当の収入を得られたであろう高度の蓋然性が認められる以上、右期間中の日雇いアルバイト(日曜日は除く。)の休業損害は金二三万八〇〇〇円となると認めるを相当とする。
7,000×(35-5)+7,000÷2×(9-1)=238,8000
次に、原告は昭和四九年七月二六日以後の休業及び軽作業の仕事に従事せざるを得なかつたことからの減収が本件交通事故による受傷に基づくものであると主張するが、前記のとおりの次第であつて、その因果関係を認めるに足る証拠はない。
2 前記認定の本件交通事故の態様、原告の傷害の程度、内容、通院期間(実通院日数)等その他本件弁論に顕われた一切の事情を勘案考慮すると原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円と認めるを相当とする。
3 原告が被告から本件交通事故に関し損害賠償金金二〇万円を受領していることは当事者間に争いがない。
4 弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、事件の難易度及び前記損害額に鑑み、弁護士費用は金三万円をもつて本件交通事故の相当因果関係ある損害と認める。
五 よつて、被告は原告に対し本件不法行為に基づく損害賠償金金四六万八〇〇〇円から損害填補金二〇万円を控除した残金二六万八〇〇〇円及びこれに対する右不法行為日の後である昭和五三年一二月二一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲田龍樹)